case 01
横浜国際プール
再整備問題とは
メインプールを廃止し、通年の「スポーツフロア」へ——。1998年の開館から四半世紀を経た横浜国際プール(横浜市都筑区)は、いま大きな転換点にある。何が計画され、誰がどんな声を上げ、これから何が起きるのか。公開情報をもとに、経緯と論点を整理する。
the facility横浜国際プールとは
横浜国際プールは、1998年(平成10年)に横浜市の施設として開館した。50m×10コースのメインプールと25m×25mのダイビングプールを備え、約5,000席の観客席をもつメインアリーナ、50m×8コースのサブプール(観客席355席)、多目的ホールなどで構成される。メインアリーナは夏季はプール、冬季は床に転換して「スポーツフロア」として運用されてきた。国際大会の舞台にもなってきた。2002年の第9回パンパシフィック水泳選手権(12か国出場)、2006年のFINAシンクロナイズドスイミング・ワールドカップ(8か国出場)、2016年のFINA水球ワールドリーグ男子インターコンチネンタルラウンド(リオ五輪前哨戦)——施設はこれらを「国際大会レガシー」と自ら位置づけてきた。
特筆すべきは、そのバリアフリー性と歴史だ。駐車場から各プールまでフラットなつくりでスロープがつながっており、障害のある人も安心して利用できる。開業は長野パラリンピックと同じ1998年——日本で障害者スポーツが「スポーツ」としての位置づけを築き始めた時期にあたる。2001年にはいち早く日本知的障害者水泳選手権の会場となった。この大会は知的障害にとどまらず、身体障害(日本パラ水泳連盟)、聴覚障害(日本デフ水泳協会)を加えた、三つの競技団体による障害者水泳の全国大会として開催されてきた。この規模のプールで三団体が合同の全国大会を開き続けてきた意味は大きい。さらに2016年からは、東京パラリンピックを見据えて、世界パラ水泳連盟(WPS)公認のジャパンパラ水泳競技大会が毎年ここで開催されるようになり、東京2020を目前にした2018年・2019年にもパラ水泳の国際大会が行われた。東京2020大会では英国オリンピック・パラリンピック競泳チームのホストタウン・横浜を支えた。多くのパラ水泳選手がこのプールから世界へ飛び立ち、世界記録保持者も複数輩出している。パラ水泳の関係者のあいだで、このプールが「聖地」と呼ばれてきたゆえんである。
そしてもう一つ。こうした国際大会の記憶は、市民の日常と地続きにある。子どもたちも市民も、障害の有無によらず、トップアスリートが競ったその同じプールで日々泳いでいる。世界基準の場が暮らしに開かれているこの経験こそがスポーツの魅力を高めてきた——横浜の子どもの習い事人気ナンバーワンは、いまもスイミングである。これらはすべて、横浜市自身が市民とともに四半世紀かけて築いてきた、世界に誇れる文化的資産にほかならない。
inclusive swimming横浜インクルーシブ水泳競技大会——「聖地」の現在進行形
再整備をめぐる議論が続くいまも、このプールでは新しい歴史が生まれ続けている。その象徴が、2022年に始まった「横浜国際プール インクルーシブ水泳競技大会」だ。パラ水泳、デフ水泳、知的障害者水泳、マスターズ、そして日本水泳連盟登録の競泳選手——通常は別々に開催される大会の垣根を取り払い、障害の有無も年齢も超えたスイマーが、同じプログラムで競い合う。
第1回の参加者は170人。それが第4回(2025年)には473人・967種目、第5回(2026年)には744人へと拡大し、パラリンピックのメダリストや世界選手権代表も出場する大会に成長した。2025年大会では、障害の有無やカテゴリーを超えて順位を競う「ポイントシステム」がメインプールで初めて導入された。この仕組みは、2024年からサブプールで開催されている「鈴木孝幸杯」での検証と、選手・競技団体との対話を経て生まれたもの——まさに、この現場で育まれた技術と工夫である。同時に鈴木孝幸杯は、もう一つの事実も現場で検証した。参加者200名規模の短水路(25m)大会ですら、サブプールでは手狭だったのだ。幅3mほどのプールサイドでは車いすでの移動が厳しく、競技役員の動線も、取材・撮影や表彰式のスペースも著しく不足した。多くの大会は規模が倍になる長水路(50m)で行われる。「サブプールを改装すればメインプールの代わりになる」という発想が現実的でないことは、実際の大会運営がすでに示している。
横浜国際プールの堀川修二館長は、大会をパラリンピックのレガシーとして位置づけ、参加人数のさらなる拡大や、国際的な公認・デフリンピックを視野に入れた展開に言及し、プールがある限りインクルーシブ水泳を継続していく考えを示している。
そして2026年7月11日・12日、第5回大会がメインプールで開催された。エントリーは744人。内訳は日本水泳連盟登録461人、日本知的障害者水泳連盟189人、日本パラ水泳連盟29人、日本デフ水泳協会10人、マスターズ55人、これにリレー10チームが加わる。前回の473人から1.5倍を超える伸びである。さらにこの大会は、8月のパンパシパラ競技大会、10月の愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会に臨むパラ水泳日本代表が、チーム結成後はじめて活動する場ともなった。市の計画ではプール利用の廃止が決まっている、まさにそのメインプールで——世界でも類を見ないインクルーシブ水泳のムーブメントは、いまも成長を続けている。「聖地」は過去の記憶ではなく、現在進行形なのだ。
the plan再整備計画の中身
2025年3月3日、横浜市は「横浜国際プール再整備事業計画」の確定版を公表した。柱は、メインアリーナのプール機能を廃止し、床転換をやめて通年のスポーツフロア(体育館)とすること。一方で、観客席を増設したサブプールの改修や、トイレ・更衣室などにインクルーシブの視点を取り入れた練習用プールの新設、最寄りの北山田駅からの傾斜地に斜行モノレールを導入するバリアフリー化も盛り込まれた。
総事業費は約100億円。民間の資金やノウハウを活用するPFI方式で進められる。2025年12月に公表された実施方針によれば、事業者はメインアリーナの改修と運営を担うRO方式、新設される練習用プール・斜行モノレール・屋外遊具はBTO方式。2026年4月に特定事業として選定され、同年7月にWTO政府調達協定対象の一般競争入札(総合評価落札方式)を公告、12月に入札と提案書を受け付け、2027年2月に落札者を決定する。3月に基本協定、4月に仮契約、6月の市会議決を経て事業契約。設計・工事を経て2031年1月末に整備を完了し、同年3月にリニューアルオープンする予定である。PFI事業者は指定管理者として、2051年3月末まで約24年間の維持管理・運営を担う。市はテーマとして「次世代を育む複合型スポーツアリーナ〜子どもが主役の夢とにぎわいが生まれる場所に〜」を掲げている。
timelineこれまでの経緯
- 前史1990年代 幻の「根岸計画」と、発想の転換横浜市はかつて根岸地区(中区)に国際競技用プールの建設を計画したが、「国際競技ができるプールでは子どもが遊べない」という市民の反対により中止に。この教訓は、都筑区に新たな用地を取得した際に生かされた。「障害者を含む全ての市民が利用できる、国際競技用プール」——障害者welcome——というコンセプトを掲げ、当時世界で最先端だったユニバーサルなスポーツ施設の潮流を踏まえ、多目的利用を可能にする床転換技術を採用したのだ。国際競技用でありながら市民に敷居の低い、横浜市が誇れるスポーツ施設はこうして生まれた。関係者への聞き取りでは、反対した根岸地区の住民が「これなら根岸につくりたかった」と語ったという。横浜国際プールが「インクルーシブの最先端」と呼ばれる所以は、市民の声と向き合ったこの誕生の経緯にある——そして市民の声から生まれた床転換は、四半世紀後、廃止の理由の一つに挙げられることになる
- 1998 横浜国際プール開館長野パラリンピックと同じ年。国際大会から市民スポーツまで幅広く活用される総合的な室内水泳競技場として。2001年からは日本知的障害者水泳選手権の会場となり、知的・身体(パラ)・デフの三つの競技団体による障害者水泳の全国大会の舞台になっていく
- 2002 パンパシフィック水泳選手権を開催12か国が参加し、このプールで初めての競泳の国際大会となった。以後、2006年のFINAシンクロナイズドスイミング・ワールドカップ、2016年のFINA水球ワールドリーグへと続く「国際大会レガシー」の起点である。そして大会が終わっても、このプールは閉じられなかった。子どもたちも市民も、障害の有無によらず、トップアスリートが競った同じ水で日常的に泳ぎ続けている——この地続きの経験がスポーツの魅力を高め、横浜の子どもの習い事人気ナンバーワンはいまもスイミングだ。なお、東京2020を目前にした2018年・2019年にも、パラ水泳の国際大会がここで開かれている
- 2016 ジャパンパラ水泳競技大会が定例化東京パラリンピックを前に、世界パラ水泳連盟(WPS)公認のジャパンパラが毎年横浜国際プールで開催されるように。「パラ水泳の聖地」としての機能が確立していく
- 2022 第1回インクルーシブ水泳競技大会が誕生障害の有無も年齢も超えて、スイマーが同じ舞台で競う新たな大会がこのプールで始まる。第1回の参加者は170人。以後、毎夏の開催で成長を続けていく
- 2022.12 日本水泳連盟がメインプール存続の嘆願書鈴木大地会長名で横浜市に提出。開催されてきた国際大会・日本選手権・国内大会(パラの大会を含む)を列記。神奈川県水泳連盟によれば、これに対する市の検討状況は返信がなく不明のままだった
- 2024.6 再整備事業計画「素案」公表メインアリーナを床転換型のプール・体育館併用から「通年スポーツフロア」へ転換する内容。メインプール・ダイビングプールは廃止に
- 2024.6.30 水泳団体が反対の記者会見日本知的障害者水泳選手権が開催されていた横浜国際プールで、神奈川県水泳連盟・高橋憲司会長が主導し、計画に反対する嘆願書を発表。日本パラ水泳連盟・河合純一会長、日本知的障害者水泳連盟・佐野和夫会長、日本デフ水泳協会・竹中芳晴会長、横浜市水泳協会の代表が出席し、パラ・知的・デフの競技団体がそろって存続を訴えた。署名は1万1,290名に
- 2024.7.1 嘆願書を横浜市に提出横浜市水泳協会の専務理事らが、にぎわいスポーツ文化局スポーツ振興課に赴き提出
- 20246.24–7.31 素案へのパブリックコメント実施6月24日から7月31日まで市民意見を募集し、3,208通・7,434件の意見が寄せられた。通年スポーツフロア化に理解を示す意見が53.4%、メインプールの存続を求める意見(床転換の継続34.4%と通年プール化5.4%)が39.8%。なお市が計画書の本文で示した「63.1%が理解」は、市内在住かつ明確な意見表明のあった2,581通に限った数字であり、全体集計の53.4%は次頁の参考表に置かれている。折しもこの期間は、パリ2024オリンピック(7月26日開幕)と重なり、パラリンピック(8月28日開幕)の直前期でもあった。7月14日には第3回インクルーシブ水泳競技大会の会期中、このプールでパラ代表の壮行会が開かれ、選手も競技団体も大会の真っただ中——プールの未来にもっとも関わりの深い当事者たちが、もっとも声を上げにくい時期に、意見募集は行われた
- 2024.11.24 鈴木孝幸杯がサブプールで開催障害の有無を超えてポイントで競う新形式の大会として誕生。同時にこの大会は、200名規模の短水路大会ですらサブプールでは手狭であること——車いすの移動、運営・取材・表彰のスペース不足——を現場で検証することになった。サブプール改装がメインプールの代替になりえないことを示す、実践からの証言である
- 2024.12 「原案」を市会に提示市民意見を踏まえ、サブプールの観客席増設、インクルーシブの視点を取り入れた練習用プールの新設、北山田駅からの斜行モノレール整備などを追加
- 2025.3 再整備事業計画の確定版を公表原案どおり、メインアリーナのプール利用廃止・通年スポーツフロア化が決定。2025年度内にPFI方式の実施方針などを公表するとされた
- 2025.12 PFI実施方針・要求水準書案を公表メインアリーナの観客席は6,000席以上、サブプールは約700席。北山田駅からの斜行モノレールは定員16人。ここから事業者選定の手続が動きはじめる
- 2026.7 入札を公告(予定)WTO政府調達協定対象の一般競争入札。事業者選定の手続が本格的に始まる。この月、同じプールでは第5回インクルーシブ水泳競技大会が開かれていた
- 2026.7 第5回インクルーシブ水泳競技大会を開催7月11日・12日、廃止が計画されているまさにそのメインプールで、744人がエントリー。前回473人の1.5倍を超えた。アジアパラ競技大会に向かうパラ水泳日本代表が、チームとして初めて活動する場にもなった。取材記事はこちら
- 2026.9.19–21 ジャパンパラ水泳競技大会が横浜に帰ってくる2025年は愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会のテストイベントとして名古屋で開催されたジャパンパラが、今年は再び横浜国際プールで開催される
- 2026.12 入札・提案書の受付参加事業者は、設計・建設・工事監理・維持管理・運営を担う企業グループとして提案を提出する
- 2027.2 落札者の決定・公表実質的な分岐点。ここで事業者と提案内容が固まり、施設の姿はほぼ決まる。市民が計画そのものに意見を届けられる時間は、この時点までと考えたほうがよい
- 2027.6 市会の議決を経て事業契約を締結3月に基本協定、4月に仮契約。6月の議決で契約が成立する。公開の場で計画が問われる、制度上の最後の機会
- 2031.1–3 整備完了、リニューアルオープン2031年1月末までに施設整備を完了し、同年3月に開業。以後、PFI事業者が指定管理者として2051年3月末まで維持管理・運営を担う。つまりこの決定は、四半世紀にわたって施設の用途を固定する
the issues何が論点なのか
市が挙げた再整備の理由
- 開館から25年以上が経過し老朽化。プール設備や空調設備の大規模更新の時期
- メインプール利用者は2011年からの7年間で15%減少(冬のスポーツフロアは111%増加)
- 国際大会の開催が少ない
- プール⇔フロアの床転換に約2か月の休館と多額の費用(令和2年度 約5,100万円、令和5年度 約5,500万円)が必要
- 単なる長寿命化ではなく「エリア全体の魅力向上に寄与する施設」へ
存続を求める側の主張
- 国際級の大会から選手・指導者養成まで担う総合的な室内水泳競技場としての実績
- 駐車場からフラットにつながるバリアフリー構造。障害者水泳大会に欠かせない施設であり、多くのパラ水泳選手を育ててきた
- 県内最大級の観客席。関係者がゆったり観戦できる環境
- 障害の有無によらず、ナショナル代表も市民もともに利用できる環境。トップの泳ぎを間近にすることが、子どもたちのスポーツの目標を高める
- 公園プールの廃止や学校水泳授業の委託が進むなか、市民や子どもが水泳に関われる環境の維持
市の説明を検証する
「床転換に多額の費用と2か月」は、再整備後も続くのか。現在の設備では、確かに約2か月の休館と多額の費用がかかっている。2021年度の外部監査によれば、床転換作業だけで令和2年度は約5,100万円、令和5年度は約5,500万円と増大している。しかしそれは、1998年に導入された設備による数字だ。年々費用が膨らんでいることこそ、設備の老朽化を示している——つまりこの数字は「床転換方式そのものの限界」ではなく「27年前の機器の限界」を表している。再整備にあわせて新たな床転換技術を導入すれば、これほどの費用も工期もかからない。市の計画はランニングコストを重視して「プール廃止・通年フロア化」という結論を導いたが、その根拠となる数字は、床転換方式を現代の技術で更新した場合には変わってくる。本来比較されるべきは「古い床転換」対「フロア専用」ではなく、「新しい床転換」対「フロア専用」だったはずである。神戸市のポートアイランドスポーツセンターが、同様の床転換技術でプールとスケートリンクの両方を存続させる方針で再整備を進めていることは、その傍証だ。
「国際大会の実績が4回」をどう評価するか。開館以来、国際大会の開催は4回——この数字自体は、市の言うとおりである。だが見過ごせないのは、その4回を「レガシー」と呼んできたのが、ほかならぬこの施設自身だという点だ。公式サイトには「国際大会レガシー」のページが設けられ、パンパシフィック水泳選手権、FINAシンクロナイズドスイミング・ワールドカップ、FINA水球ワールドリーグの記録が誇りとともに残されている。競泳、シンクロ、水球——異なる三つの世界的大会を迎えられる施設が、日本にいくつあるだろうか。同じ数字が、一方では誇るべき遺産として、他方では廃止の理由として語られている。この評価の反転は、いつ、どのように起きたのか。そして何より——実績が少ないことを理由に施設をなくせば、これから実績をつくる可能性まで、永久に閉じることになる。
そして、より根本的な問いがある。市民のための公共プールの価値を、国際大会の開催回数で測ってよいのか。その物差しを当てれば、日本のほぼすべての公共プールが不要になる。実際にこのプールを支えてきたのは、日本選手権、日本学生選手権、全国中学校水泳競技大会、そして2001年から続く三つの障害の競技団体による全国大会と、2016年から毎年のジャパンパラ水泳競技大会だ。東京2020ではイギリス選手団の事前合宿地にもなった。これらは市の言う「国際大会」には数えられないが、国際基準の水面があってはじめて成立してきた稼働である。
なお、監査で指摘された「特定メーカーの計測器を使用していないため国際大会の要件を満たさない」という点については、World Aquatics(旧FINA)の現行規則にそのような義務づけはなく、使用機器は大会主催者が決めるものである。この指摘が政策決定にどう影響したのかは、確認されるべき点だ。老朽化した設備は、改修時に更新すればよい話でもある。
「利用者15%減」をどう読むか。メインプール利用者の減少が挙げられるが、水泳はいまも子どもの習い事人気ナンバーワンであり、市内には70のスイミングクラブがある。そもそも、観客動員で価値を測る「観るスポーツ」のプロバスケットボールと、市民一人ひとりが当事者となる「するスポーツ」の水泳は性質が異なり、同じ物差しで比較することはできない。
体育館は二つ必要か。横浜市はBリーグ最上位カテゴリー基準の体育館を新設したばかりである。同等の高価な体育館をもう一つ建てる一方で、代替のきかない国際競技用プール——三つの障害の競技団体が合同で全国大会を開き、代表選手と市民がともに泳いできた場——を失ってよいのか。
ここで確認しておきたいのは、これが単純な「賛成か反対か」の問題ではないということだ。老朽化と維持費用は現実の課題であり、市民意見を受けてサブプールの観客席増設、インクルーシブの視点を取り入れた練習用プールの新設、モノレールによるバリアフリー化が計画に加わったことは、市の応答として記録されるべき事実である。一方で、失われるものの大きさ——国際基準の競技環境、パラ水泳が積み重ねてきた歴史、大会を支えてきた地域のボランティアやコミュニティ、そして「聖地」と呼ばれる場所への思い——を、どのように測り、誰が判断するのか。その判断の手続きこそが、次に見る論点である。
the processパブリックコメントは公平だったのか
第一に、選択肢の設計の問題がある。素案は当初から、経済性を理由に「フロア化=プール廃止」を前提として提示された。しかし公平に意見を聴くのであれば、床転換をやめてプール専用とするのか、フロア専用とするのか、それとも床転換方式を維持するのか——選択肢を対等に並べて問う必要があったはずだ。実際、同じく床転換式の施設であるスケートリンクとプールを備えた神戸市のポートアイランドスポーツセンターの再整備では、パブリックコメントにおいてスケートリンクとプールが平等に扱われている。廃止を前提に置いた横浜市の問いの立て方との違いは大きい。
第二に、庁内の横連携の欠如である。国は2011年のスポーツ基本法、2015年のスポーツ庁発足により、パラスポーツを福祉からスポーツの管轄へと移してきたが、多くの自治体はこの転換を先送りにしてきた。横浜市では現在もパラスポーツを健康福祉局が所管している。ところが関係者の調査によれば、素案の策定段階で、担当局から健康福祉局への利用状況の聞き取りは一切なかったという。水泳関係者はサウンディング調査の過程でも意見を挟むことができなかったと訴えている。市民だけでなく、スポーツ審議会の委員、健康福祉局、国際局、経済局といった関係所管との横の連携を欠いたまま、案がつくられたのではないか——という疑問が残る。
第三に、少数者の声とパブリックコメントの構造の問題である。障害のある人は人口比では少数であり、多数決型の意見集約において、当事者の声が「多数意見」になることは構造的にありえない。それでも7,434件の意見が寄せられ、約4割がプールの存続を求めた。この重みをどう受け止めるか。だが計画は、サブプールの改装やモノレールの設置といった案を、あたかも考慮の結果であるかのように加え、事業費は約100億円へと当初想定を超えて膨らんだ。これは論点のすり替えではないか——そもそも当初から、この規模の国際競技用プールがもつ価値を視野に入れていなかったのではないか、という指摘がある。
そして第四に、対話の入り口が閉ざされたことだ。当時の日本水泳連盟会長・鈴木大地氏と、日本パラ水泳連盟会長・河合純一氏(現スポーツ庁長官)は、山中竹春市長への面談を申し入れた。しかし関係者によれば、この申し入れに市長が応じることはないままだという。国のスポーツ行政を担ってきた、また現に担っている両氏との対話の機会が持たれなかったことは、市民にとって大きなわだかまりとして残っている。
断っておきたいのは、これは特定の部署や個人を責めるための整理ではない、ということだ。国の政策転換への対応を多くの自治体が先送りにしてきたように、これは制度の谷間の問題である。本プロジェクトが問いたいのは、この意思決定のプロセスに、当事者である市民の声がどこまで組み込まれてきたか、そしてこれから組み込まれうるか。残された時間は、着工までではない。落札者が決まる2027年2月まで、そして市会が議決する同年6月までである。
referenceサッカー界の「アクセス・フォー・オール」に学ぶ
公共スポーツ施設をこれから更新していくとき、私たちは何を手がかりにできるのか。競技も規模も違う領域に、先を歩いている実践がある。
日本サッカー協会(JFA)は2024年4月、「アクセス・フォー・オール宣言」を発表した。誰もがサッカーを「する」「見る」「関わる」ことにアクセスできる、多様な「機会」と「選択肢」を届けるという約束である。日本障がい者サッカー連盟(JIFF)は2026年、その実践として英国の観戦アクセシビリティを調査し、報告書を公開した。
2026年8月1日、ヨコハマ・フットボール映画祭で、この取り組みをテーマとしたトークイベントが開かれた。登壇したのは、ロービジョンフットサルの現役選手でJFA職員の岩田朋之さん、スタジアム建築を専門とする日本女子体育大学教授の上林功さん。進行は、車いすユーザーで桐蔭横浜大学大学院教授の日比野暢子さんが務めた。競技もスタジアムの規模も、横浜国際プールとは異なる。それでも「使いながら育てる施設をどうつくるか」という問いは、まっすぐに重なっていた。ここでは、持ち帰りたい三つの視点を記しておく(取材の詳細はnote「築28年をどう数えるか」に)。
1|築年数を「減価」と数えるか、「熟成」と数えるか
英国では、築20〜30年の建物の価値がむしろ上がることがある。使いながら直し続けてきたからだ——建築家・上林功さんはそう報告した。日本の会計制度では逆に、時間の経過はそのまま減価として計上される。
横浜国際プールの計画が「築25年以上が経過し、老朽化が進んでいる」という一文から始まっていることを思い出したい。この施設は1998年開業、今年で築28年。上林さんの言う「築20年とか30年」に、ちょうど重なる。しかも開業時から、当時としてはかなりの水準でアクセシブルに設計されていた。「使いながらよりよくしていく」の出発点としては、むしろ恵まれた資産だったのではないか。
設備の老朽化は現実の問題である。だが「築28年だから更新期を迎えている」という言い方と、「築28年ぶん、使われてきた蓄積がある」という言い方は、同じ事実を指しながら、まったく違う方向を向いている。どちらの数え方を選ぶかは、技術の問題ではなく「言葉」の問題だ。
※上林さんのこの話は、ロンドンの建設会社へのヒアリングとして語られたもの。英国で不動産価値が上がる要因には土地の希少性や規制など別の事情も大きく、経済現象の説明としては単純化されている。ここでは経済的事実としてではなく、設計思想の対比として受け取っている。
2|設計条件が決まる前に、対話するかどうか
いわきFCのスタジアム構想では、設計者が図面を引く前に、まちづくり組織が立ち上げられた。商店街の店長から地元企業、10代の子どもたちまでが参加し、「こんなスタジアムがあったらいいな」を出し合う。それを設計条件にして、設計を進める。木製の模型でスタンドを組み上げるワークショップでは、そこに人形を置くのだという。家族連れ、車いす、松葉杖。誰が使うのかを、先に決める。
ただし上林さんは、課題も率直に語っている。ワークショップで出た声を設計に落とし込む接続の部分は、まだ誰もやったことがない、と。これは私たち自身への宿題でもある。2027年1月に予定するミニ・パブリックスで市民の言葉を集めたとして、それを事業者選定や設計の要求水準にどう接続するのか。声を集めることと、声が形になることのあいだには、まだ道がない。
3|「届ける」と「ぶつける」は違う
英国の当事者団体が10年以上かけて到達した姿勢について、岩田朋之さんが語った言葉である。要求を突きつけるのではなく、必要な情報を相手が受け取れる形で届ける。時間はかかるが、そのほうが遠くまで行く。
これは、声を上げる側に向けられた問いでもある。計画に反対することと、決め方を問うことは違う。声を届けることと、ぶつけることも違う。本プロジェクトが「反対」ではなく「問い」の形をとってきたことと、同じ場所を指している。
モグラたたきから、うなぎ屋さんのタレへ
トークの終盤、進行役の日比野暢子さんは、日本のやり方を「モグラたたき」にたとえた。問題が持ち上がるたびに、その一つを叩いて片づける。次が出てくれば、またそれを叩く。叩いた跡は残らないし、次にもつながらない。そのモグラたたきがうなぎのタレに変わっていったとき、日本のスタジアムアクセシビリティはもっといいものになっていくのではないか、と。
継ぎ足しながら味を深めていく、うなぎ屋さんのタレ。築28年の施設を前にした私たちが手にできる比喩として、これ以上のものはないように思う。プールも、同じではないだろうか。
参考:アクセス・フォー・オール宣言(日本サッカー協会)/日本障がい者サッカー連盟(JIFF)(イングランドにおける観戦アクセシビリティ調査報告書、2026年6月公開)/ヨコハマ・フットボール映画祭2026
the vision横浜だからできること
批判のための批判では、まちは良くならない。この問題の先に横浜が手にできる未来を描いておきたい。ここから先は、私たちの試案である。
振り返れば、この物語は市民の声から始まっている。「競技用プールでは子どもが遊べない」という反対の声に、当時の横浜市は計画の中止と発想の転換で応えた。そこから「障害者を含む全ての市民が利用できる国際競技用プール」が生まれ、三つの競技団体が全国大会を育て、代表選手と子どもたちが同じ水で泳ぎ、そしていま、世界でも類のないインクルーシブ水泳のムーブメントが動いている。横浜国際プールは、市民の声に向き合う横浜市の力が生んだ成功例なのだ。
国が、プールに向き直った
2026年7月16日、超党派の「水泳議員連盟」が発足した。会長は丸川珠代元五輪担当相、会長代行は鈴木大地参院議員(日本水泳連盟会長)。全国の小中学校でプールの老朽化や猛暑を理由に水泳授業の縮小・廃止が相次ぐなか、「国民皆泳」と水難事故ゼロ、そして競技力向上を掲げる。推進項目には、学校プールを含めた公共プールの集約化・共同利用への検討・支援、水泳授業の適正な外部委託のあり方、教員の負担軽減、そして地域創生拠点・防災拠点としての活用を含む多様な財源確保が並ぶ。
あわせて、スポーツ庁が進める部活動の地域展開(地域移行)がある。学校が抱えてきた部活動を、地域のクラブや施設が受けとめていく流れだ。水泳も例外ではない。
つまりいま、日本中の学校プールが行き場を探している。そして横浜市内には、子どもの習い事人気ナンバーワンを支える70のスイミングクラブがあり、市内最大級の水面をもつ公共施設がある。
構想——「泳ぎの拠点」としての横浜国際プール
メインプールを最新の技術で再整備し、この施設を横浜北部の「泳ぎの拠点」として位置づけたらどうか。三つの水面が、それぞれ違う役割を担う。
この構想の要点は、市が新設を決めた練習用プールを否定しないことにある。むしろそれは構想の一部として活きる。授業レベルの水面は練習用プールが、競技と育成の水面はメインプールが担う——両方あって初めて、拠点は成立する。
立地の限界も認めておきたい。都筑区北山田は市の北部であり、18区全域の受け皿にはなり得ない。現実的なのは、都筑・港北・青葉・緑をはじめとする北部の拠点としての役割だ。南部には南部の拠点が要る——再整備が検討されている本牧市民プールや横浜プールセンターの議論とも、本来は地続きのはずである。
まだ、比較されていない比較がある
市は「床転換の継続」と「通年フロア化」の費用を比較した。しかし、比較されていない組み合わせがある。老朽化した学校プールを一校ずつ更新していく費用と、集約拠点を維持する費用。この二つを並べたとき、市民一人あたりどちらが安いのか。まだ誰も計算していない。
さらに、防災拠点としての価値がある。大規模災害時、数千トンの水を蓄えたプールは生活用水の供給源になりうる。地域創生と防災の文脈に置き直せば、スポーツ予算の枠を超えた財源の可能性も開ける。国が「多様な財源確保」を検討項目に掲げたのは、まさにこの点だ。
国際拠点への道——ワールドシリーズという系譜
横浜のインクルーシブ水泳には、国際的な源流がある。世界パラ水泳連盟が主催する「パラ水泳ワールドシリーズ」は、障害のクラスによらず、世界記録にどれだけ迫ったかをポイントに換算して順位を決める仕組みをもつ。異なる障害の選手が同じレースで競い、同じ基準で評価される——この発想が、2024年の鈴木孝幸杯を経て、健常のスイマーまでを同じ土俵に迎え入れる横浜インクルーシブ水泳競技大会へと発展した。輸入された思想が、この地で独自に拡張されたのである。
そして、この構想がすでに実現している場所がある。シンガポールだ。同国はワールドシリーズを2019年、2022年から2024年まで開催し、アジア唯一の開催地としてノウハウを積み上げた。その先に何が起きたか。2025年9月、OCBCアクアティクスセンターでアジア初の世界パラ水泳選手権が開かれ、60を超える国から600人以上の選手が集い、約1万9千人が観戦した。同じ年の7月には、同じ施設群で健常者の世界水泳選手権も開催されている。国を挙げて水泳を国民に根づかせる——建国60年の節目と障害者スポーツ基本計画に位置づけられた、明確な戦略である。
ここで見過ごせない事実がある。その舞台となったOCBCアクアティクスセンターは、50m×10コースの競技用プール、50m×8コースの練習用プール、25m幅の飛込・多目的プールという構成をもつ。横浜国際プールと、ほぼ同じ器である。アジアで初めて世界パラ水泳選手権を開いた施設と同等のものを、横浜はすでに四半世紀前から持っている。
日本では2025年から、パラ水泳ワールドシリーズが富士・静岡で開かれてきた。2026年5月の大会には27か国・地域から249人が集い、日本選手84人が世界の強豪と競った。日本への誘致は、当時日本パラ水泳連盟会長だった河合純一氏によるものである。ただし静岡での開催は2年間の試行であり、3年目以降の開催地は未定と伝えられる。
つまり、いま日本には継続の場を探している国際大会があり、横浜には「実績が少ない」と言われている国際規格のプールがある。メインプールを最新の技術で存続させれば、横浜はその受け皿として名乗りを上げることができる。シンガポールが示したのは、ワールドシリーズで運営の経験を重ねた先に世界選手権が見えてくるという道筋だ。国際大会の実績は、過去に数えるものではなく、これからつくるものである。
民間の力を引き寄せる余地もある。シンガポールの世界選手権でヘッドラインスポンサーを務めたのは、トヨタ・モーター・アジアだった。トヨタは五輪・パラリンピックの国際的なスポンサーシップからは退いた後も、パラスポーツと個々のアスリートへの支援を独自に続けている。その本社は愛知にあり、2026年10月には愛知・名古屋でアジアパラ競技大会が開かれる。日本で国際大会を育てるとき、こうした企業の関心をどう呼び込むか——拠点構想は、行政の予算だけで完結する話ではない。
世界のモデルへ
インクルーシブ水泳の国際拠点であり、同時に、学校水泳の集約と部活動の地域展開を受けとめる公共の拠点でもある——その二つが重なった場所は、世界を見渡しても見当たらない。老朽化した不要な施設としてではなく、次の時代の公共スポーツ施設のモデルとして。アジアパラ競技大会が日本で開かれる2026年、その物語の主役になれるまちは、横浜をおいてほかにない。
必要なのは、対立ではなく対話である。この構想は完成品ではなく、たたき台だ。行政の知見、競技団体の実感、学校現場の事情、そして市民の声——それらを持ち寄って初めて、実現可能なかたちになる。本プロジェクトはその場をつくるために取材を続け、2027年1月には「まちをつくるアスリート版・ミニ・パブリックス」を開く。ご意見をお寄せいただきたい。
SOURCES | 出典・参考
- パラフォト「横浜から、タイ・シンガポール・東京へ【フォト・コラム;インクルーシブ水泳】」ほかインクルーシブ水泳競技大会関連記事 https://www.paraphoto.org/?p=44623
- パラフォト「横浜国際プールの存続を! 国際都市横浜で、インクルーシブスポーツ推進の危機」(2024年) https://www.paraphoto.org/?p=40857
- 横浜市「横浜国際プール再整備事業計画について」 https://www.city.yokohama.lg.jp/kanko-bunka/sports/shinko/saiseibi/pool/plan.html
- 横浜市「横浜国際プール再整備事業計画(素案)に対する市民意見募集について」 https://www.city.yokohama.lg.jp/kanko-bunka/sports/shinko/saiseibi/pool/ikenboshu.html
- 神奈川新聞カナロコ「横浜国際プール、『通年体育館化』を決定 再整備で市が確定版公表」(2025年3月3日)
- タウンニュース都筑区版「横浜国際プール メイン『廃止』が決定 市、再整備計画を発表」(2025年3月13日)
- 日本共産党横浜市会議員団「横浜国際プールのメインプールは存続を」ほか関連記事
- おたがいハマ「横浜市が横浜国際プール再整備事業計画を策定」