解説シリーズ | 01

なぜ議会で決まらないのか
——地方自治法96条と、文書の連鎖

横浜国際プールの再整備をめぐって、「こんなに大きなことが、なぜ市議会の投票なしで進むのか」という声を多くいただきます。この解説では、そのしくみを法律の条文と公表資料に沿って説明します。読み終えたら、末尾のリンクから一次資料をご自身で確かめられます。

STEP 1

ひとことで

この計画は、市議会の投票で決まったものではありません。法律が「必ず議会にかける」と定める一覧に、施設の基本計画が入っていないためです。計画は市役所の中で、文書から文書へ引き継がれながら具体化しています。議会の投票は、事業者が決まったあとの契約のとき——2027年10月ごろの見込み——に初めて行われます。

STEP 2

何が起きたか

  1. 2022年
    包括外部監査報告書が公表されるこのプールの課題に触れた記述が、のちの検討の出発点として引用されていく
  2. 2023年
    サウンディング調査(民間事業者への意向調査)が行われる監査報告書の抜粋が参考資料として事業者に配られた
  3. 2024年6月3日
    再整備の「素案」公表。同じ日の委員会で「これを議会の議決事項にするか」が協議されたが、追加はされなかった同日、地域と全国の水泳3団体が会見して見直しを求め、県水泳連盟は1万1,129人分の署名を市長宛てに提出した
  4. 2024年6–7月
    パブリックコメント実施(3,208通・7,434件)
  5. 2024年6月30日
    パラ・知的・デフの競技団体が、市長宛の嘆願書を提出3連盟の会長と横浜水泳協会障害者委員会代表が署名。嘆願書はこのプールを「いわば『聖地』」と記した。署名はその後も追加され、7月時点で1万7,000筆を超えた
  6. 2024年7月
    市と競技団体の意見交換素案の公表後に行われた。日本知的障害者水泳連盟の関係者は「選手たちはまだ大会の場がなくなると思っていない」と述べている
  7. 2024年12月
    「原案」公表素案から理念や数字の書き方が変わる(変化の詳細は記録本編の対照表へ)
  8. 2025年
    「事業計画」決定
  9. 2025年12月
    「要求水準書案」公表(2026年4月修正)事業者に求める条件が具体的な数字になる
  10. 2026年9月
    入札公告(見込み)事業者の募集が始まると、条件の大枠は動かしにくくなる
  11. 2027年10月
    契約の議案が市議会へ(見込み)——ここで初めて投票が行われるただしその時点で議会の前にあるのは、事業者も設計も決まった一括の案への賛否
STEP 3

なぜそうなるのか

地方自治法96条は、「決められない」条文ではありません。1項は、条例・予算・大きな契約など「必ず議会にかけるもの」の一覧です。施設の基本計画は、この一覧に入っていません。ただし2項があり、議会は「これも議決の対象にする」と自分で追加できます。今回、その追加は行われませんでした。

つまり「議決できなかった」のではなく、かけないままにできるしくみの中で、かけないことが選ばれた——これが正確な言い方です。

市がつくる施設の基本計画 96条1項の一覧に入っている? はい いいえ 議会が2項で議決の対象に追加する? した しなかった 市役所の内部で進む 文書から文書へ引き継がれて具体化 契約の段階で議会へ 2027年10月見込み・一括の案への賛否 議会の議決へ ← 今回の経路(青)
図1 地方自治法96条の分岐。青が今回たどられた経路。点線は制度上ありえたが使われなかった道。

では、投票がないあいだ、計画はどう「決まって」いくのか。素案も、パブリックコメントも、原案も、単体ではどれも法律上の「決定」ではありません。しかしそれぞれの文書が、前の文書を「前提」として引用します。監査の記述がサウンディングの参考資料になり、素案の枠組みが原案に引き継がれる。一つひとつは小さな一歩でも、あとに戻るための費用だけが積み上がっていき、投票が来るころには、選べる幅はほとんど残っていません。

監査報告書 2022 サウンディング 2023 素案 2024.6 原案 2024.12 パブリックコメント 集める・分ける・答えるは市 嘆願書・署名・意見交換 競技団体・利用者 2024.6–7 事業計画 2025 要求水準書案 2025.12 入札公告 2026.9 見込み 契約の議案 → 議会の投票 2027.10 見込み | ここまで票決はない
図2 文書の連鎖と議決の位置。実線=文書が前の文書を前提として引用する流れ。破線=当事者・市民からの働きかけ(嘆願書・署名・意見交換・パブリックコメント)。働きかけへの応答は市の判断に委ねられ、連鎖の中に票決の結び目を持たない。

声が上がらなかったわけではありません。施設を使ってきた当事者——パラ・知的・デフの競技団体、地域の水泳団体——は、素案の公表当日から署名(最終的に1万7,000筆超)と嘆願書を市長に提出し、市との意見交換に臨み、パブリックコメントには7,434件の意見が集まりました。

そのあと、文書はどうなったか。原案では「インクルーシブ」が理念の中心に据えられ、市自身がそれを素案からの主な変更内容と位置づけました。言葉の水準では、変化が起きています。しかし同じ連鎖の文書で確認できることが、もう一つあります。嘆願書が求めたメインプールの存続は、原案でも事業計画でも計画に含まれないままであること。そして競技団体との協議は、要求水準書案では市の責務ではなく、「PFI事業者が主体的に行い、参考とすること」——事業者の裁量に置かれたこと。言葉が変わったことと、求められた中身が変わったことは、別のことです。

では、上がった声は反映されたのか、されなかったのか。この図からは、どちらとも言えません。それこそが、この解説で伝えたいことです。嘆願書に票決はなく、意見交換は素案が固まったあとに行われ、パブリックコメントは、意見を集めるのも分類するのも回答を書くのも、計画をつくっている市自身です。声がどう扱われたかを外から確かめる結び目が、連鎖のどこにもない。それが悪意だという話ではありません。制度がそうできている、ということです。図2の破線は、そのことを表しています。だからこそ、集約の過程を外から確かめる目——報道や、市民自身の検証——に意味が生まれます。

STEP 4

自分で確かめるには

この解説を信じる必要はありません。次の一次資料で、ご自身で確認できます。

解説シリーズは、研究プロジェクト「まちをつくるアスリート」の記録を、市民の言葉に翻訳するものです。一次資料に基づいて作成し、誤りが見つかった場合は記録本編と同じ方式(更新履歴への根拠つき記載)で訂正します。
2026年8月26日公開 文責・佐々木延江

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